スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
-------- --:-- | スポンサー広告
アツコさんについて
4歳でピアノをはじめ、10歳でピアノアレンジで聞き覚えの曲を弾くようになり、12歳で作曲をするようになる。ピアノと作曲は高校入学~大学受験のドサクサで中断、22歳だった弘前大学医学部2年のとき、弘前大学ジャズ研究会に入部、しばらく停滞し、退部を勧告されたが、PCゲームにはまる日々を直し、クラシックもチェルニー30番からやりなおし、1日8時間の練習が出来るようになってから、急激に上達、内山善雄セッションに積極的に参加、卒業後は1年国試浪人だったため、東京のミュージシャンとも交流を持つ。

医師国家試験合格後、廣木光一バンドの弘前公演のマネージメント、五所川原エルムでのピアノ演奏活動など、精力的に活動するが、考えることあり、大学院博士課程を中退し、単身上京。年度途中だったため、指導が受けられず、2ヶ月で病欠、その病院には7ヶ月在籍した。検診パートで食いつなぐとともに、ホットミュージックスクール寺下誠氏に師事、同時に田中信正氏に師事。金曜の昼のピットインのセッションでは皆勤賞をとる。都内でピアノソロのクラブやラウンジのアルバイトもいくつか経験する。ブルースミュージシャン表雅之氏とも親交があり、いろいろ教わる。東京では徐々に仕事と生活に追われる毎日になり、ほとんどピアノも弾けなくなり、また、資格も専門もないことから焦り、心身ともにくたびれきって帰省。

弘前帰省、弘前市内の病院に勤務。れもんでの内山善雄バンドの3セット目のセッションに参加。同時に坂元輝氏に師事するようになる。2年目にレギュラーの誘いを受けるが、仕事が大館に転勤したため、断ってしまう。その間もギターや作曲をしたり、R&Bのバンドに参加するなど寄り道をしたが、仕事が激務なため、そういった活動からも遠ざかる。

4年間のブランクの後、内山セッションで1曲だけ弾いたが、案外弾けた。でも、譜読みとコードはすっかり忘れていた。そこで再び、坂元輝氏のレッスンを受けるようになる。

練習時間を確保するため、20時には寝て、3時には起きるという生活。

こんなヘンな人ではありますが、噛み付いたり致しませんので、仲良くしてくださいね。

秋田県大館市在住
週末のみ青森県弘前市(不定期)

ご連絡関係 larafo1999☆yahoo.co.jp (☆を@に変えて送信してください)
        スパムが多いため件名を「ピアノマッドネス見ました」にしてくださいね。
        
スポンサーサイト
2006-11-15 19:28 | 人物紹介 | Comment(0) | Trackback(0)
Comment
コメントを書く
#

管理者にだけ表示
Trackback
Trackbak URL:http://pianoatsukosann.blog33.fc2.com/tb.php/9-14306038
10
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。